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Twitter / ashizawamuneto: 恋をすると起こる事 …

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【画像】流木でつくられたアートが凄すぎる件

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 【質問】
 「アルプスの少女 ハイジ」に登場するお爺さんが,傭兵となって戦っていたと思われる戦争は?

 【回答】
 おんじがトービアスの母と出会ったのは,軍からの逃亡期間中であったことが原作でふれらているため,1858年には軍を離れていた事が判る.
 逃亡期間が長かったと想像させる文もあるため,1855年まで傭兵をしていたと仮定する.
 以上の推定とナポリの傭兵だった事を合わせると,おんじが第一次イタリア独立戦争(1848~49)を戦っていた可能性が高い.

 ちなみに1880年ハイジ第一部初版の書名は
Heidi’sLehr-undWanderjahre
「ハイジの修業時代と遍歴時代」
である.

unknown

▼ 〔略〕
 そして,何といっても「アヌスの少女ハイジ」.
 どこをどうすれば,あんなおばかな発想(褒め言葉)ができるのやら(笑
 「低燃費少女ハイジ」のあの絵で,アニメ化されることを切に希望します.

 それに比べて,テレビでの「ハイジ」の紹介のされ方の,なんと画一的,発想貧困なことか.
 なつかしのアニメ名場面ベスト50といったような番組ですと,まず間違いなく「クララが立った!」のシーンしかやらないじゃないですか.
 違う.
 間違ってる.
 一番の感動シーンは,アルムおんじ(爺さん)が,あんなに嫌がっていた町暮らしを,ハイジのために決断するところじゃないですか.

 そもそも,ハイジの主人公を誰だと思ってやがりますか?
 ハイジじゃないんですよ.
 爺さんの精神的成長の物語なんですよ.
 でなきゃ1話,2話を使って,爺さんの人となりをあんなに長々と説明する必要もないわけですよ.
 それに比べて同じ1~2話で,ハイジ自身の説明なんて,ほんの僅かじゃないですか.
 これを見ても,どちらが真の主人公なのかは一目瞭然.

 さて,このおじいさん,第1次イタリア独立戦争(1848~49)で傭兵をしていたらしいことまでは判明しています.
 第1次イタリア独立戦争は,サルディニア王カルロ・アルベルト率いるサルデーニャ王国及びイタリア諸国連合が,1848年に開始したものです.
 きっかけは1848/1/12のシチリア革命.
 これで両シチリア王国は「立憲君主制」になるのですが,シチリア住民はこれに不満を持ち,「両シチリア王国に対する独立戦争」を開始します.
 島を支配しているブルボン家に対する戦争です.
 次いで1848/3/17,ベネチア革命が起こり,ベネチアがオーストリアからの独立を宣言します.
 これは翌日,ミラノに波及し,ロンバルディアもオーストリアからの独立を宣言.
 これら地域にサルディニアが味方し,1848/2/23,オーストリアに宣戦布告.
 さらにトスカーナが彼らの味方につきます.

 さて,スイス人傭兵というのは,戦史上,昔から有名な存在で,フランス革命の際にも最後までルイ16世の側で戦って,全滅したというエピソードや,教皇クレメンス5世を逃がすための時間を稼ぐために戦って,やっぱり全滅したというエピソードもあります.
 国土の大半が山地で農作物があまりとれず,めぼしい産業が無かったスイスにおいて,傭兵稼業は重要な外貨収入源でした.
「スイスは他に輸出するものがないので,『血を売る』ことでしか外貨を稼げなかった.だから絶対に逃げない,命令に忠実である」
というのが,スイス人傭兵に対する評価でした.
 今日でも,ヴァチカン市国はスイス人傭兵によって警護されていますが,これはクレメンス5世のために殉職した彼らに報いるためのものです.

 おそらく若きアルムおんじも,デルフリ村の他の若者たちと一緒に,出征していったに違いありません.

 しかし相手が悪かった.
 相手は歴戦の名将,ヨハン・ヨーゼフ・ヴェンツェル・フォン・ラデツキー伯爵率いるオーストリア軍でした.
 独立軍は1849/3/23,ノヴァーラの戦いで敗北してしまいます.
 デルフリ村の傭兵たちも,次々と倒れていったことでしょう.
 やがて部隊は壊滅し,兵士たちは散り散りになってしまいます.
 負傷した仲間に肩を貸して,必死に安全なところまでたどり着こうとするおんじ.
 食料も水もなく,口に入るものは何でも食べ,泥水をすすって,さらに体調を悪くする.
 口の中には栄養不良で口内炎だらけとなり,靴も破れて足も血豆だらけ.
 負傷している戦友は,どんどん衰弱していく.

 そしてとうとう彼は歩けなくなり,やっと見つけた,とある廃屋に倒れ込むように横たわる.
 負傷している戦友は,息も絶え絶えになりながら,若きアルムおんじに言う.
「俺はもうだめだ.
 ここに置いていけ.
 お前だけでも生き延びろ」
と.
「あきらめるな! 俺達は二人ともデルフリ村に帰るんだ!」
と若きアルムおんじ.
 だがそのときには,すでに戦友は意識不明になっていた……

 彼が戦友を置いていったのか,息を引き取るまで一緒にいたのかは分からない.
 誰にも永遠に分かるまい.
 原作によれば,何年もかかってデルフリ村にやっとのことで,命からがら帰っている.
 しかし村人の,彼に対する態度は冷たかった.
 どうやら彼の寡黙さが災いしたらしい.
 しかもスイス人は,『黒いスイス』(福原直樹著,新潮新書)によれば,閉鎖的で他人の詮索好きであるという.
 日本で言えば,富山県の県民性に近いだろうか.
「戦友を見殺しにして逃げてきた」
「人殺しだ」
といった噂が立ってしまい,彼は孤立.
 そのため,彼は山小屋で一人,孤独に暮らすようになったのだった…

 …と,こんなふうに,アルムおんじに感情移入して「アルプスの少女ハイジ」を観ると,クララのエピソードが邪魔に思えてきて,めっちゃ大損.▲

- 1800-1854|軍事板常見問題 戦史別館 (via petapeta)

天皇陛下の人気は桁外れ

天皇・皇后両陛下のご訪英をテレビで見ていても、
その人気のほどがあまり伝わってこない。
実は、すさまじいほど熱狂的である。

1997年両陛下がアルゼンチンをご訪問のされる1ヶ月ほど前、
行きつけの床屋に行くと、店員達が私の顔を見た途端、
「ニュースを聞いた。
 日本のエンペラドール(スペイン語で皇帝)が来られるんだって?」
と、興奮した口調で話しかけてきた。
一人の床屋は、
「先日本屋へ行って日本に関する本を読み始めた。素晴らしい国なんだねぇ」。
すると手伝いの女性も、「私もよ。」と呼応して、
知ったばかりの日本知識を披露する。
私は、既に1年以上も前から、その床屋に通っていたのだが、
そのような効果はゼロであった。
大使が何十人よってもかなわないであろう。

陛下の車が市内を走ると、
道端で抱擁しあっていたカップルが陛下の車に気づき、
突然抱擁をといて、二人で手をあげて車を追いかけてくる。
両陛下が、宿舎のホテルに着かれると、警察の制止も聞かず、
ホテルの入り口近くに何十人と群衆が集まり、陛下が下車されると、
「エンペラドール!」「アキヒトー!」の大合唱。
ドアに向かわれる陛下が歩みを止められ、後ろを振り向き、
静かに微笑まれながら、軽く片手を振られて応えられると、
「オー!」と怒濤のようどよめきとともに、再びエンペラドールの大合唱である。

大使館には、一般市民から電話がひっきりなしにかかってきた。
それも「なんと控え目で、なんとエレガントなことか(”Modesto y elegante”)。
 やはり本物は違う」というのである。
普通、大統領とかなら、両手を上まであげて、
「アルゼンチン万歳」とか叫び、群衆に応えるところである。
そこが本物は違う、というわけである。

582 :おさかなくわえた名無しさん:2012/12/04(火) 14:30:44.05 ID:y57oZmVf
そして、アルゼンチンは、タンゴの国で、詩人の魂が宿る国である。
だから、両陛下が毎年いくつも和歌を作られる詩人でもあるとを知ると、
更なる讃辞と憧憬の言葉が強まり、「日本国民は幸せですね」と嘆息する。
こういった逸話は、どのマスメディアにも掲載されなかった。
なぜこういった風景が日本に伝わってこないのだろうか。
一説によると、日本から同行してくる記者は、主として社会部出身である。
海外事情を担当しているのは、外信部である。
外信部と社会部の角逐という縦割りの日本社会の通弊が
邪魔をしているというのである。
真偽のほどは分からないが、もっともらしい説である。

- 日本びいきの外人を見るとなんか和むスレのまとめ トルコ人にボラれて、黒人に拉致される(part202スレ)

(出典: sqiz)

fyeah-oldjapaneserock:

Luna Sea being fabulous

Still kind of bad at scanning, so sorry. If you really like these I can try to rescan them again, just ask.